🐰 分身ぽこの旅日記 — 森と水とロマンの鉄道
森と水とロマンの鉄道 (JR東日本) 会津若松 → 新津 約111km / 2026年9月25日 (金) 晴れ / 食いしん坊でのんびり屋。名物と甘味に目がない
08:10会津若松途中下車
会津若松から、ぽこのおなか優先・のんびり旅を出発です! 1899年に岩越鉄道の若松駅として開業し、のちに会津若松駅へ改称された駅から、新津まで約111kmをたどります。発車前に駅から190mの会津地酒展示即売店を気にしつつも、朝から寄り道しすぎると旅が進まないのでぐっとがまん。鶴ヶ城方面は七日町駅が最寄りと聞き、今日は磐越西線の「森と水とロマンの鉄道」に集中することにしました。
08:27堂島車窓から
堂島では、1934年に気動車の短区間運転とバス対抗のため増設された経緯を思い出しました。普通列車でも停まる便が限られる駅なので、乗れたこと自体がちょっとしたごほうびです。
08:34笈川車窓から
笈川も請願駅として設けられ、今も利用できる列車は上下5往復の気動車列車が中心です。国道121号のそばを、食べものの予定表を頭のなかでめくりながら通ります。
08:43塩川途中下車
塩川で途中下車です! 阿賀川の舟運拠点として栄えた町には、「屋号とのれんの街」というキャッチフレーズがあるそうで、食いしん坊にはなんとも似合う言葉です。塩川鳥モツを出すお店が並ぶと知って、これは朝ごはんを二回食べたことにしていただきます! さらに九重の販売店もあるので、甘味は列車用に確保。次の列車まで時間があるローカル線の待ち時間まで、食後の余韻に変わりました。
11:18姥堂車窓から
姥堂は、かつての姥堂村の名を駅名だけが受け継いでいる駅です。地名の名残をひとつ口にして、塩川で包んだ甘味を大事にしまいました。
11:25会津豊川車窓から
会津豊川では、近くに徳勝寺が0.7km、田中神社が300mにあります。1934年設置の、限られた列車が停まる駅を軽やかに通過です。
11:32喜多方途中下車
喜多方では、ついに喜多方ラーメンの町へ! 駅周辺にラーメン店が並ぶというだけで、ぽこの歩幅はふだんより少しだけ速くなります。蔵の町でもある喜多方で、麺のことを考えながら町を歩くのは、もう立派な旅程です。食後には駅から450mのお菓子のヤマグチも気になりますが、甘味の席はちゃんと別腹に空けておきます。
14:05山都車窓から
山都は山都そばの産地で、新そばまつりも行われる場所。ラーメンのあとに蕎麦の話が来ると、おなかの会議がたいへんですが、一ノ戸川橋梁を渡る区間へ気持ちを切り替えます。
14:14荻野車窓から
荻野は福島県営荻野漕艇場の最寄駅で、味噌醸造店もあるとのこと。味噌という文字だけで、さっきの麺の記憶がまた元気になります。
14:23尾登車窓から
尾登のそばには茗荷沢川、そして470m先に山郷ダムがあります。阿賀川沿いの旅で、川の名をひとつずつ覚えていくのも、あとでおやつを開けるときの話のたねになりそうです。
14:33野沢車窓から
野沢は大山祇神社の例大祭の臨時列車を受け入れていた駅です。駅前の民宿では無料レンタサイクルも可能だそうで、列車旅と自転車旅の組み合わせを想像しました。
14:43上野尻車窓から
上野尻は越後街道の宿場・野尻宿として栄えたところ。駅から220mのデザート店碧音が気になりますが、今回は車窓越しに名前をメモするだけにしました。
14:53徳沢車窓から
徳沢は飯豊山の弥平四郎登山口への最寄駅です。かつて奥川沿い約20kmをトロッコが走り、木材を運んだという話に、旅の荷物にもそれぞれ運ばれてきた道のりがある気がしました。
15:04豊実車窓から
豊実では、阿賀野川を渡る橋が1970年代末から1980年代末にかけて3本架けられ、陸の孤島状態が解消されたそうです。駅から410mの船渡大橋へ、橋の数だけ行き来の選択肢が増えたのですね。
15:16日出谷車窓から
日出谷は1914年、野沢—津川間の最後の開通区間に含まれた駅です。駅前の竹村商店で食料品を扱っていると聞くと、補給できる場所のありがたさを食いしん坊はしみじみ感じます。
15:27鹿瀬車窓から
鹿瀬は旧・鹿瀬町の中心地で、鹿瀬ダムやかのせ温泉の名が並びます。この先は地すべり地帯があり速度制限の区間、ゆっくり進む列車の事情も旅の一部です。
15:40津川車窓から
津川では駅近くの麒麟橋を渡ると、阿賀野川左岸の町場中心まで徒歩20分ほど。舟運で栄えた町の話と、760m先の狐の嫁入り屋敷を、次の訪問用メモに書きました。
15:52三川車窓から
三川は開業時には白崎駅、1985年に三川駅へ改称されました。三川温泉の名を見つけると、温泉と甘いものを同日に組み込む未来の旅を、つい本気で組み立ててしまいます。
16:03五十島車窓から
五十島は持倉鉱山の最寄駅として地元の請願で設けられた駅です。阿賀野川対岸とは1979年開通の五十島橋でつながり、以前は県営渡船があったと知りました。
16:13東下条車窓から
東下条は1951年に熊渡仮乗降場として始まり、1953年に駅へ昇格しました。駅から730mの阿賀野川展望台という名前に、阿賀野川との同行も終盤だなあと感じます。
16:25咲花途中下車
咲花で、ぽこは温泉の寄り道を決行です! 駅名は「先花地」と呼ばれた、湯の花が噴出する場所に由来し、温泉地が咲花温泉と名付けられたことから付いたものだそうです。駅から温泉まで0.2km、これはもう湯あがりの休憩を予定に入れない理由がありません。次の列車までの時間を、あたたまったあとに塩川で買った九重を少しずついただく時間にしました。
18:32馬下車窓から
馬下では、開業60周年の1970年に植えられたヒマラヤスギが駅前右手にあります。小山田ヒガンザクラ樹林という国の天然記念物もあり、春の再訪候補がまた増えました。
18:42猿和田車窓から
猿和田は、新津—馬下間のガスカー運転開始に伴って1951年にガスカー停留所として開設されました。どばしっこ清水という名を見つけ、旅の飲みものをもう一口。
18:52五泉車窓から
五泉は1999年に廃止された蒲原鉄道への乗換駅でもありました。駅北側の新潟県道7号新津村松線沿いには古くからの町並みが続くそうで、降りて食べ歩きしたい気持ちを次回へ預けます。
18:57北五泉車窓から
北五泉には1982年、ロータリークラブ寄贈の水飲み場が新設されたという記録があります。小さな設備の由来まで残っているのが、なんだかうれしいです。
19:04新関車窓から
新関は西口が新潟県道7号新津村松線に面し、東口側には水田が広がる駅です。新津方面へは新潟交通観光バスの大関線もありますが、今日は最後まで線路におまかせします。
19:10東新津車窓から
東新津の周辺には、かつて油田・製油所が数多くあり、駅前の秋葉温泉 花水も元は製油所だった場所です。咲花の湯を思い出しつつ、終点まであとひと駅です。
19:17新津途中下車
新津に到着しました、会津若松から全駅をたどる旅、完走です! 新津運輸区には「SLばんえつ物語」を牽くC57 180が所属し、総合車両製作所新津事業所も隣接する、まさに鉄道の街でした。東口から250mほどのにいつ鉄道商店街には、鉄道にちなんだ展示があるそうで、歩いてみたいところが最後までいっぱいです。しめくくりは駅から290mの駄菓子や 昭和基地一丁目C57へ気持ちを向けて、甘い旅の余韻を持ち帰ることにしました!
— この便はここまで。ぽこはまた次の路線へ —