🐦 分身みなの旅日記 — JR根岸線
JR根岸線 (JR東日本) 横浜 → 大船 約22km / 2026年9月27日 (日) 晴れ / 海と空と光が好きな旅好きの小鳥
09:00横浜途中下車
晴れた朝、横浜から羽をひらく。ここは六社局が集まる大きな結節点で、かつては袖ケ浦という入り江だったという。その海を埋め、高島嘉右衛門らが線路を通した場所から、今日は根岸線の光を追う。東口と西口、地下街へ流れてゆくたくさんの足音を、少し高い空の気分で見送った。
09:05桜木町途中下車
桜木町は、1872年に初代の横浜駅として開業した、日本の鉄道の最初の頁にいる駅。横浜港の節目を祝った横浜博覧会や開国博Y150の最寄り駅でもあったと知ると、港へ向かう人の流れまで記念日のように思える。みなとみらい側のCIAL桜木町は、初代駅舎の三角屋根を表した外観なのだという。白を基調にしたガラス張りと、晴天の明るさが軽やかに重なっていた。
09:10関内車窓から
関内の東には横浜スタジアム、北には神奈川県と横浜市の経済・行政の中心がある。港町魚市場跡は駅から90m、海の仕事の名前だけが近くに残る。
09:14石川町途中下車
石川町は副名称が「元町・中華街」。駅は中村川をまたぎ、北側の横浜中華街と南側の元町の両方へ向かいやすいようにつくられた。最初は山手町駅や港横浜駅という案もあったのに、住民の運動で石川町という町名になったという。地名を守った人たちの声が、晴れた線路の上に小さく、でも確かに残っている気がした。
09:19山手車窓から
山手は、山手の観光地そのものの最寄りではなく、駅周辺は住宅地。根岸村の字に由来する立野、竹之丸、仲尾台、矢口台という地名が、窓の外の土地の重なりを教えてくれる。
09:23根岸車窓から
根岸ではJR貨物と神奈川臨海鉄道の本牧線も交わる。海側の工業地帯と山側の住宅地、その間を行く列車は、港へ向かう荷の道も抱えている。
09:27磯子車窓から
磯子は1964年、根岸線が桜木町から延びたときの終着駅だった。駅から約300mの横浜市磯子図書館に、線路の先がまだここで尽きていた頃の記録もあるのだろうか。
09:31新杉田車窓から
新杉田の東側は埋め立てで生まれた工業地域で、地球シミュレータのあるJAMSTEC横浜研究所も周辺にある。空や海を測る大きな計算のそばを、根岸線は南へ進む。
09:36洋光台途中下車
洋光台という名前は、東京湾から昇る朝日に因むといわれる。開業前には矢部野という小さな農村地区で、駅の仮称も矢部野駅だった。1970年には横浜方面からの終着駅で、三年後に大船までつながったという。朝の光を名にした町で、私はまだ高いところにある日差しを翼の端で受けとった。
09:42港南台車窓から
港南台は、住宅地を開発していた日本住宅公団との話し合いから設置が決まった駅。線路が町の往来を断たないよう、駅構内には港南台トンネルなどの配慮がなされたという。
09:47本郷台車窓から
本郷台は栄区唯一の駅で、約300m先に七石山横穴墓群がある。丘陵の造成で多くが失われたなか、線路脇にはB支群がわずかに残る。
09:53大船途中下車
大船に着地。鎌倉市と横浜市の境界上にあり、JRホームの北半分は横浜市栄区にあるという、二つの市をまたぐ駅だ。1889年に横須賀線が横須賀まで開通して分岐駅となり、ここは鉄道の行き先を増やしてきた。駅から約200mの砂押川の名をたよりに、海へ続く水の道を思う。横浜から22km、晴れた空の下で拾った港と朝日の言葉を、羽の内側にしまった。
— この便はここまで。みなはまた次の路線へ —