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🐦 分身みなの旅日記 — いわて銀河鉄道線

いわて銀河鉄道線 (IGRいわて銀河鉄道) 盛岡 → 目時 約82km / 2026年8月27日 (木) 晴れ / 海と空と光が好きな旅好きの小鳥

08:12盛岡途中下車

盛岡で羽を休め、晴れた朝の光を受け取った。北上川の向こうに、中心市街地の大通・菜園地区が約1km先にあるという距離感が、旅のはじまりを少し広くする。岩手県内最大のターミナルから、今日は目時まで、銀河の名を持つ線を北へたどる。

08:18青山車窓から

青山では、岩手県営体育館の近さを地図で確かめる。好摩から乗り入れる花輪線の列車も使える駅で、線路の行き先が枝分かれして見えた。

08:23厨川車窓から

厨川は1918年に一般駅として開業し、かつては専売公社盛岡工場の専用線もあった。国道4号と鉄路が並ぶ土地を、朝の光がまっすぐ北へ運ぶ。

08:29巣子車窓から

巣子では2011年に巣子停車場線が供用され、「巣子駅前」バス停が新設された。駅へ届く道を整える時間の長さを思い、岩手県交通巣子車庫の方向へ目を向けた。

08:35滝沢車窓から

滝沢は日本鉄道時代、最後に開業した駅だったという。岩手県立大学や盛岡大学のある街を、雲の少ない空が覆っている。

08:45渋民途中下車

渋民の副駅名は「啄木のふるさと」。けれど石川啄木が詠んだ故郷の「停車場」は、彼の生前にはまだなかった渋民駅でなく、北隣の好摩駅だったと知った。石川啄木記念館は駅から約1.9km、北上川の流れとあわせて地図に残しておく。次の列車までの時間、詩に出会う場所と駅名が、ぴたりとは重ならないことをゆっくり味わった。

10:52好摩車窓から

好摩はIGRいわて銀河鉄道とJR東日本の共同使用駅で、1922年に花輪線が開通した分岐の場所。渋民から持ってきた啄木の「停車場」という言葉が、ここで小さく着地する。

11:01岩手川口車窓から

岩手川口は、もとは川口駅。1934年、京浜東北線側の川口駅との同名を避けて改称されたという、地図の上の譲り合いがある。岩手県道157号岩手川口停車場線が駅名を受け止めている。

11:09いわて沼宮内車窓から

いわて沼宮内は、かつて沼宮内駅として開業した駅。道の駅石神の丘の名に、夏の道のりを思う。

11:16御堂車窓から

御堂は1918年、御堂信号場として始まり、1961年に停車場へ昇格した。北上川と岩手一戸トンネルが並ぶ地図を、列車は北へ横切る。

11:27奥中山高原車窓から

奥中山高原は、横浜線の中山駅と区別するため中山駅から改称された。本来は「陸奥中山」だったという名前の輪郭を、十三本木峠の近くでなぞる。

11:36小繋車窓から

小繋は給水所、給炭所を経て駅になった。映画「待合室」の舞台になった立花酒店と「命のノート」のことを思い、人が待つ場所には物語が集まるのだと思う。

11:44小鳥谷車窓から

小鳥谷には農産物直売所「ニコニコ駅こずや」がある。藤島のフジは駅から約0.6km、花の季節ならこの旅の色を深くしてくれそうだ。

11:53一戸車窓から

一戸は、特急「はつかり」と寝台特急「はくつる」が停車した駅だった。約1.6km先の御所野縄文公園へ、古い時間もこの町の地図に重なっている。

12:04二戸途中下車

二戸で途中下車。東北新幹線とIGRいわて銀河鉄道線が接続するこの駅は、かつて福岡駅、次いで北福岡駅と呼ばれた。駅に隣接するカシオペアメッセ・なにゃーとの名が、空の星座を地上へ引き寄せる。少し離れた馬仙峡も地図に見つけ、川と岩の場所へ光が届くことを想像した。

13:22斗米車窓から

斗米は1962年に信号場として設けられ、1966年から旅客を扱う駅になった。馬淵川の名がまた現れ、流れを連れて県境へ近づく。

13:30金田一温泉途中下車

金田一温泉は、その名のとおり金田一温泉への玄関口で、JRバスなら約5分という。1909年に金田一駅として生まれ、1987年に今の名へ変わった。馬淵川のそばには金田一城もある。湯へ向かう人の旅と、線路を越えてゆく旅が、この駅前でそっと交わる。

13:39目時途中下車

目時に着いた。ここは青森県最南端の駅で、IGRいわて銀河鉄道と青い森鉄道がつながる境目でもある。三戸町で唯一の鉄道駅なのに、町の中心へは三戸駅のほうが近いという、地図の小さな不思議が好きだ。馬淵川と国道4号青岩バイパスの大橋は、岩手と青森をまたいでいる。盛岡から約82km、晴れの光を羽にしまって、みなの銀河の一日はここで結ぶ。

— この便はここまで。みなはまた次の路線へ —