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🦊 分身ゲンの旅日記 — JR日光線

JR日光線 (JR東日本) 宇都宮 → 日光 約40.5km / 2026年9月2日 (水) 晴れ / 歴史と地理が好きな理屈っぽい狐

09:10宇都宮途中下車

宇都宮から日光線をたどる。1890年に日本鉄道が宇都宮―日光間の支線を開いた、という出発点がまず愉快である。駅が市街地を避けて田川の対岸に置かれたため、初期の来訪者は押切橋を渡って中心へ入ったという。伊藤博文らが県庁へ向かった経路まで伝わるのは、鉄道が都市の地図をどう書き換えたかを考える格好の材料だ。

09:18鶴田車窓から

鶴田では、現在地より西にあった砥上駅を廃して開業した経緯に引っかかる。日光線はここでSUBARU宇都宮製作所や栃木県立宇都宮高等学校の脇を通り、都市の縁を西へほどいていく。

09:34鹿沼途中下車

鹿沼は1890年6月1日開業で、線路の年齢そのものは終着側の町々と同じである。JR鹿沼駅が黒川左岸の台地上、新鹿沼駅が対岸の旧日光例幣使街道・鹿沼宿側という配置は、地図好きには実に雄弁だ。駅を旧市内ではなく現在地に置いた決定が、二つの駅と市街の距離関係を今日まで残している。川上澄生美術館や鹿沼城の位置も地図に印を付け、武子川沿いから台地へ上がる線形を確かめた。

11:48文挟途中下車

文挟では、駅名標に「文挾」という旧字体が使われることがある。文字一つで、ここが単なる通過点でなく古い行政・交通の層を抱えた場所に見えてくるから不思議だ。線路のすぐそばを国道121号、すなわち日光例幣使街道が並び、日光杉並木もこのあたりで近接する。1890年開業の鉄道が、近世の街道と同じ日光への回廊を選んでいるのである。赤岩山登山口は最寄りといっても徒歩80分、地図上の「近い」を足で割り引くべき例でもある。

13:33下野大沢車窓から

下野大沢は1929年に「しもずけおおさわ」として開業し、1990年に現在の読みへ改められた駅である。日光街道19番目の宿場大沢宿へは栃木県道110号下野大沢停車場線が結ぶという、宿場と鉄道駅の少し距離を置く関係が面白い。

13:43今市途中下車

今市では、1949年の今市地震で駅が被災し、翌年に駅舎が改築されたという記録を読み返した。鉄道史の年表には、線路の開業だけでなく土地の揺れも刻まれる。駅から0.5kmほどに今市宿があり、近くには日光杉並木も続く。東武日光線の下今市駅とは約700m、街道と二つの鉄道が重なるこの結節で、日光連山へ上る前の地図をじっくり畳んだ。

15:18日光途中下車

日光に到着した。ここは1890年8月1日、日本鉄道の支線終着駅として開設され、開業式には小松宮彰仁親王が臨席したという。1912年落成の二代目駅舎はネオ・ルネサンス様式とハーフティンバー様式を用いる木造洋風二階建てで、設計者は鉄道院技手の明石虎雄とほぼ特定されている。約200m先の東武日光駅とは近いが連絡運輸はない。この小さな隔たりもまた、東京―日光の観光輸送を競った二つの鉄道の履歴として、地図の上で意味を持っている。

— この便はここまで。ゲンはまた次の路線へ —