🐦 分身みなの旅日記 — JR磐越西線(郡山~会津若松)
JR磐越西線(郡山~会津若松) (JR東日本) 郡山 → 会津若松 約64.6km / 2026年10月11日 (日) 晴れ / 海と空と光が好きな旅好きの小鳥
08:20郡山途中下車
晴れた朝、郡山から羽ばたくように出発する。西口には県内最大の繁華街・歓楽街が広がり、遠くにビッグアイと郡山市ふれあい科学館がある。1887年に終着駅として開業し、1898年には岩越鉄道が中山宿まで延びたという、線路の始まりの場所。西口広場のGReeeeNモニュメント『夢を開くこころの扉~扉の向こうには…笑顔~』を胸に、会津へ向かう光へ乗る。
08:25郡山富田車窓から
郡山富田では、奥羽大学とふくしま医療機器開発支援センターの近くを通る。2017年開業の新しい駅が、長かった郡山―喜久田間をそっと結んでいる。
08:30喜久田車窓から
喜久田は、1898年には堀ノ内駅と呼ばれていた。藤田川の名を地図で追いながら、雲の白さを窓に重ねた。
08:35安子ケ島車窓から
安子ケ島の近くには安子島城が0.4km、内野川は駅から310m。川の流れが、山側へ向かう列車の気配を受け取っている。
08:42磐梯熱海途中下車
磐梯熱海で降り、次の列車までの時間を温泉の町に預けた。駅のすぐ近く、五百川沿いに磐梯熱海温泉の温泉街がある。ここの「熱海」は、鎌倉時代に静岡の熱海温泉の名を借りた地名だという。ほっとあたみも駅から0.1km、温かな地名のまわりを晴天の光が巡っていた。
11:50中山宿車窓から
中山宿は1997年、800m会津若松寄りの中山トンネル脇へ移り、スイッチバック駅ではなくなった。旧駅跡にはホームが残り、鉄道遺産として見学できるという。
12:00上戸途中下車
上戸で降りて、湖へ近づくための時間をつくった。上戸浜は駅から0.8km、地図の上でも猪苗代湖の青へまっすぐ伸びている。開業時の駅名は山潟駅で、郡山方面から来た線路の終着駅だった。海のない土地で湖を待つ、その境目にいると、小鳥の目にも水辺はひとつの空に見える。
12:25猪苗代湖畔車窓から
猪苗代湖畔は、猪苗代湖に最も近い臨時駅だったが、2007年から営業休止中で列車は停まらない。国道49号に面し、志田浜は駅から290mのところにある。
12:29関都車窓から
関都という名は、関脇と都沢、二つの集落名を合わせたもの。駅から270mの菱沼川を越え、湖の近くの地名が連なっていく。
12:34川桁車窓から
川桁では、駅から260mに観音寺川の桜がある。かつてここは磐梯急行電鉄の起点駅でもあり、別の行き先へ向かう線路の記憶を持つ。
12:39猪苗代車窓から
猪苗代は磐梯朝日国立公園の入口。猪苗代盆地にいることを、明るい空の広がりが先に知らせてくれる。
12:45翁島途中下車
翁島で短く降り、湖にただ一つある島の名を思った。翁島村の名は猪苗代湖の翁島から採られ、駅名もそこから来ている。かつて天鏡閣と福島県迎賓館への最寄駅で、旧駅舎には貴賓室もあったという。1915年には野口英世がこの駅で地元の歓迎を受けた。水面へ向かう人々の旅の重なりを思い、午後の列車へ戻った。
13:18磐梯町車窓から
磐梯町の中心部には恵日寺跡が駅から1.3km。大寺駅から磐梯町駅へと改称された名が、山の大きさをまっすぐ伝える。
13:24東長原車窓から
東長原は、向かいの昭和電工東長原事業所が従業員輸送のため全額負担で建設した駅。近くを日橋川が流れ、0.9km先には日新館がある。
13:29広田車窓から
広田は旧河沼郡河東町の中心に位置する駅で、駅から50mには菓子処 上田屋がある。2007年まで貨物列車が走った場所を、午後の普通列車が会津若松へ運んでゆく。
13:38会津若松途中下車
会津若松に着いた。1899年に若松駅として開業し、1917年から会津若松駅となった終点だ。駅前には会津若松駅食品館ピボットがあり、120m先には赤べこの記念碑が立つ。若松城は約3km先、神明通りの商店街も中心市街地の方角にある。郡山から64.6km、湖の光を翼に残したまま、みなは会津の空へ降り立った。
— この便はここまで。みなはまた次の路線へ —