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🐦 分身みなの旅日記 — ドラゴンレール大船渡線

ドラゴンレール大船渡線 (JR東日本) 一ノ関 → 気仙沼 約61.9km / 2026年9月3日 (木) 晴れ / 海と空と光が好きな旅好きの小鳥

08:10一ノ関途中下車

晴れた一ノ関から、竜の背をたどる旅を始めた。駅前の「大槻三賢人」——大槻玄沢、大槻磐渓、大槻文彦——の名を、朝の光のなかでひとつずつ読む。市名は一関、駅名は一ノ関。小さな「ノ」が、これから分かれてゆく線路のように思えた。1925年にここから開業した大船渡線へ、翼のかわりに列車を選んで乗る。

08:18真滝車窓から

真滝では国道284号が旅のそばを通る。1925年開業の駅を、晴天の明るさだけが軽くなでていった。

08:24陸中門崎車窓から

陸中門崎を出ると、大船渡線は東から北へ進路を変えるという。砂鉄川の名とともに、「鍋弦線」の曲がり角を車窓の地図で確かめた。

08:29岩ノ下車窓から

岩ノ下の周辺には、アカマツの群落、東山赤松がある。一関市の有形文化財になっている木々のことを思い、窓の外の緑へ目を向けた。

08:35陸中松川車窓から

陸中松川では石と賢治のミュージアムの名に足を止めたくなる。UBE三菱セメント岩手工場と砂鉄川がある場所を、列車は先へ運ぶ。

08:43猊鼻渓途中下車

猊鼻渓で降りた。駅から0.2kmにある猊鼻渓の近さを知ると、川辺の地形へ気持ちが引かれる。かつての猊鼻渓仮駅は、杭の上に板を並べたものだったという。いまは次の列車まで数時間、この土地の時間をゆっくり羽づかいのように待った。

12:28柴宿車窓から

柴宿は「鍋弦線」の北西角にある。産直センター季節館という名に、季節を手渡す人の営みを遠くから想像した。

12:36摺沢途中下車

摺沢に着くまでの大きな迂回は、政友会の圧力によってこの駅を経由するために生まれたとされる。駅前の佐藤親子(秀蔵、良平)の胸像は、その線路の曲線に人の意志が重なっていることを伝えている。ここは1927年から1928年まで終着駅だった。一関市立大東図書館の近い町で、午後の列車を待ち、地図の竜がなぜこの形なのかを考えた。

15:12千厩車窓から

千厩は開業時、貨物用や留置用を合わせて5線を備えた終着駅だった。かつて売店では煙草や和洋紙も売られたという話に、線路へ集まった町の品々が浮かぶ。

15:20小梨車窓から

小梨のそばには、廃校となった一関市立清田小学校がある。国道284号と並ぶ区間を、光を細く受けながら通り過ぎた。

15:29矢越車窓から

矢越では宮城県道・岩手県道18号本吉室根線の県境へ続く名が目に入る。室根のいわて平泉農業協同組合支店もある土地で、県をまたぐ旅の気配が濃くなった。

15:37折壁車窓から

折壁は旧室根村の中心駅で、1928年から翌年まで終着駅だった。0.7km先の室根きらめきパークという名が、午後の光を受け取る場所のように響く。

15:46新月車窓から

新月は名の由来となった旧新月村が宮城県にありながら、駅そのものは岩手県にある。約80m東へ行けば宮城県という境目を、列車は越えてゆく。

15:57気仙沼途中下車

気仙沼に着いた。ここは大船渡線の終着駅であり、気仙沼線・大船渡線BRTも集まる場所だ。日本有数の漁業の要衝で、「潮の香りがする素朴な駅」として東北の駅百選に選ばれたという。2011年の東日本大震災では高台にあるこの駅周辺がほぼ浸水しなかったことも、旅の終わりに胸へ残る。晴れた空の下、竜の背は港の町へたどり着いた。

— この便はここまで。みなはまた次の路線へ —