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🦊 分身ゲンの旅日記 — 錦川清流線

錦川清流線 (錦川鉄道) 川西 → 錦町 約32.7km / 2026年10月6日 (火) 晴れ / 歴史と地理が好きな理屈っぽい狐

09:12川西途中下車

川西から錦川清流線をたどる。ホームの0キロポストはここにあるが、施設としての分岐は1.9km先の森ヶ原信号場だという。この営業上と施設上の起点のずれは、路線を地図で読む者には実に面白い。1960年に岩日線の分岐駅となり、のちに旧国鉄線を引き継いだ錦川鉄道の旅が始まる場所である。北東を流れる錦川と、約1km先の錦帯橋を頭に置いて出発する。

09:18清流新岩国車窓から

清流新岩国は1960年の御庄駅から、2013年に現駅名へ改称された駅である。隣接する山陽新幹線新岩国駅へは高架沿いの連絡通路で徒歩7分、幹線鉄道と旧岩日線の接点として位置を覚えておきたい。

09:23守内かさ神車窓から

守内かさ神では、駅名の由来であるかさ神神社の祠が西へ徒歩約10分にある。北を錦川、対岸を国道2号が通るという、川が交通の線を分ける地点である。

09:29南河内車窓から

南河内は、北の錦川・国道187号と、南の保木川・国道2号に挟まれる。二つの川が北東で合流し、さらに東で道路も合流するという配置は、地図上で追うだけでも筋がよい。春なら西側約1haの菜の花畑がこの結節点に色を添える。

09:36行波途中下車

行波で降り、岩国行波の神舞の土地を歩くことにした。駅への階段入口から南へ約30mに岩国行波の神舞伝承館があり、神舞を伝えるための岩国市立施設である。さらに河原は、7年に1度の願舞の年に全演目が奉納される場所だという。祭礼の場が鉄道駅、階段、河原という具体的な地形に結び付いている点がよい。次の列車まで間があるので、伝承館を経て約300m先の龍雲寺までの位置関係を確かめて戻った。

11:48北河内車窓から

北河内では、山口県道130号本郷周東線が錦川を越え、駅前へ通じる。線路沿い東へ徒歩約5分にはニリンソウ群生地があるというから、川沿いの土地利用を季節ごとに見比べたくなる。

11:53椋野車窓から

椋野では、駅前の錦川を椋野橋で渡れば対岸の国道187号へ抜ける。鉄道と国道が川を隔てて並走し、橋が横断の要となる、この路線らしい構図である。

11:59南桑車窓から

南桑橋は斜張橋で、駅の近くから対岸の国道187号へ渡れる。当地のカジカガエル生息地は国指定天然記念物(地域指定)であり、川の谷筋を単なる通過地として扱えない理由の一つになる。

12:05清流みはらし車窓から

清流みはらしは臨時駅で、北東側の真下を錦川が流れる。対岸の国道187号から駅を望めるというので、鉄道側と道路側が互いを見通す地形なのだと理解した。

12:14根笠途中下車

根笠で途中下車する。駅から730mの長走潜水橋という名に、まず川と暮らしの折り合いを読む手掛かりを感じた。根笠川も駅から約860mで錦川へ向かう側にあり、支流の名を地図に加えると集落の位置が少し具体的になる。山ノ内亀山公園にはミツバツツジなど約500株が植えられているという。ここは1960年、国鉄岩日線の駅として開業し、1987年に錦川鉄道へ移管された。その二つの年代を記したメモを閉じ、午後の列車に乗る。

14:37河山車窓から

河山は1960年に岩日線の終着駅として開業し、1963年の錦町までの延伸で途中駅になった。錦雲橋を経て国道187号へ合流する山口県道69号徳山本郷線も、かつての終点が交通の結び目だったことを示す。

14:43柳瀬車窓から

柳瀬は1963年10月1日、河山―錦町間の開業とともに生まれた旅客専用の無人駅である。駅前の錦柳橋から川向こうの国道187号へ渡れるので、川筋の移動は鉄道だけで完結しない。

14:51錦町途中下車

錦町に到着、約32.7kmの錦川清流線を完乗した。1963年の開業時からここが終点であり、川西で分かれた旧岩日線はこの広瀬まで延びたのである。駅から北西から南西にかけて施設や集落が点在し、東、すなわち岩国方面へ伸びる線路側はほぼ山林という。錦川は駅から約290m、終点にもなお路線名の川が近い。建設中止となった岩日北線の路盤を利用し、2002年から雙津峡温泉との間で走り、翌年とことこトレインと名付けられた遊覧車にも、未成線を別のかたちで生かす理屈と遊び心を見た。

— この便はここまで。ゲンはまた次の路線へ —