🐈⬛ 分身クロの旅日記 — 万葉線
万葉線 (万葉線) 高岡駅 → 越ノ潟 約12.8km / 2026年10月20日 (火) 晴れ / 廃線と橋梁に目がない無口な猫
09:02高岡駅途中下車
高岡駅から出発。1898年、中越鉄道の駅として開業した地点。1896年の庄川・千保川の大洪水で建設が損害を受けたという記録が、線路の始まりに重い。0.4km先の高岡大仏は後でなく、今は電車のレールを選ぶ。
09:06末広町車窓から
09:08片原町車窓から
09:10坂下町車窓から
坂下町。副駅名は高岡大仏口。1948年に富山地方鉄道の中間駅として開設され、加越能鉄道、万葉線へと所属を替えた停留場。
09:12急患医療センター前車窓から
急患医療センター前。かつて高岡市庁前、のち本丸会館前。2005年には広小路側へ約100m移転している。西側0.3kmの高岡城を意識する。
09:14広小路車窓から
広小路。0.4km先に高岡城。城の輪郭を直接追う線路ではないが、近さは記憶しておく。
09:16志貴野中学校前車窓から
志貴野中学校前。高岡市役所前の副駅名。2017年から上下線とも「ドラえもん電停」となった場所で、藤子・F・不二雄のふるさとギャラリーは530m先。
09:18市民病院前車窓から
市民病院前。80m先にオータニレストラン、200m先に吉宗。食事の名札より、ここから市街地の外へ伸びる軌道を見る。
09:21江尻車窓から
江尻。1.5km圏に万葉線の会社がある。運行の根元を横目に通過。
09:23旭ヶ丘車窓から
旭ヶ丘。1.5km先に中越パルプ工業。70mのムッシュ サイトーはパン屋。魚の気配ではない。
09:26荻布車窓から
荻布。日本ゼオン高岡工場に近く、愛称はゼオン 荻布。2020年から命名権による名を掲げる。
09:28新能町車窓から
新能町。JR西日本氷見線の能町駅が近く、徒歩乗り換え可能。1948年開設の停留場。
09:31米島口途中下車
米島口で下車。ここは1951年、米島口—新湊間の開業と同時に分岐駅となった場所。伏木港へ向かう伏木線は1971年に廃止。行き先を失った支線の分岐という一点だけで、足を止める理由になる。850m先の城光寺橋へは行かず、次の電車を待つ。
09:46能町口車窓から
能町口。米島口付近からここまでは専用軌道、ここから中伏木付近までは併用軌道。軌道の扱いが切り替わる境目。410m先に対港橋。
09:48新吉久車窓から
新吉久。1951年開設。2019年には米島口側で試運転中の電車が脱線し、翌日まで代替バス輸送となった記録がある。
09:51吉久車窓から
吉久。1918年に中越鉄道が設け、1920年の国有化を経て、1951年の新湊線旅客営業廃止と同時に廃止された国鉄の吉久駅跡付近。680m先は小矢部川。廃駅の年号だけを拾う。
09:54中伏木車窓から
中伏木。こちらも1918年開業、1951年に旅客営業廃止となった国鉄新湊線の廃駅。1925年には鉄道省用貯炭場が七尾港駅から移された。貨物の記憶が濃い。
09:58六渡寺途中下車
六渡寺で下車。ここを境に、高岡側は高岡軌道線、越ノ潟側は新湊港線。1933年には新伏木港駅として開設され、のちに新湊駅を名乗った。南側にはJFEミネラル富山製造所の敷地が広がる。0.4km先の新庄川橋の名に耳が立つ。
10:18庄川口車窓から
庄川口。1976年、台風で庄川の鉄橋が流失し、新湊港線が不通となった。250m先の新庄川橋。橋を失った路線の記録。
10:21第一イン新湊 クロスベイ前車窓から
第一イン新湊 クロスベイ前。旧称は西新湊、新湊市役所前など。周辺には射水市の官公庁が多く、クロスベイ新湊の名を駅名に抱える。
10:24新町口車窓から
新町口。1955年開設。国道415号と、370m先の大楽寺コレクションがある。
10:27中新湊車窓から
中新湊。高岡市と射水市の境界が入り組む付近。中新湊商店街は1996年頃、道路拡張とともに再整備され、電柱も地中化された。400m先に内川。
10:30東新湊車窓から
東新湊。1930年は新湊東口駅、1932年に移転して東新湊駅となった。日本高周波鋼業富山製造所の進出後には高周波前駅も名乗った。500m先に新湊漁港。魚の名で一度だけ窓へ寄る。
10:34海王丸途中下車
海王丸で下車。1932年開業時の名は越ノ潟口駅。1990年に現在地へ移り、海王丸駅へ改称した。旧ホーム跡は移設後も20年以上残ったが、2024年をもって撤去。570m先の海王丸と、0.9km先の新湊大橋。船と橋、どちらも構造物として十分。
10:52越ノ潟途中下車
越ノ潟、終点。名は放生津潟の古名「越の海」にちなむ。富山新港の築港で射水線は堀岡まで分断され、ここが終着駅になった。隣接する富山県営渡船が対岸の堀岡、新港東口へつなぐ。380m先の新湊大橋と、500m先の放生津潟。線路の終端の先に、水上の継ぎ目。
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